2012年9月24日月曜日

原水爆禁止2012年世界大会報告会

 9月13日、原水爆禁止2012年世界大会in広島の報告集会を開催、地域・団体から68人が集まり、平和への想いを新たに、核兵器廃絶・原発ゼロに向けて運動を広げていこうと盛り上がりました。

パワーポイントを使って報告

みんな真剣に聴いています

大会の様子を写真で紹介

3人で分科会報告 『似島』

碑めぐり・健脚コースの報告


こちらは碑めぐり・平和祈念公園コースの報告

被爆者訪問で被爆者の方から話を聴いたよ

3日間参加して「人生観が変わった!」

資料集のような報告集は読み応え充分!

平和の想いを子どもたちに伝えたい

自分の学んだこと・知ったことを伝えて行きたい

看護師として…これからも!

西淀川からはほとんどの参加者が青年!

友の会のメンバーも元気に参加!

大阪原水協からも熱い一言
うたごえでほっこり♪

福島民医連から『福島のいま 福島の頑張り』が報告されました

NO NUKES PROJECTから訴え


オスプレイ配備反対!沖縄県民大会リポート


伊東 英雄が行く
オスプレイ配備に反対する沖縄県民大会連帯ツアー

 大阪安保破棄実行委員会の企画で19名、ほかに民医連や個人などから合計27名で西淀川労連代表として沖縄県民大会に参加してきました。

 8日午後1時那覇空港に到着。第二次世界大戦の沖縄戦でもっとも多くの犠牲の出た南部戦跡めぐりをしてホテルへ。そこで全国からの参加者と沖縄統一連との学習・交流、その後夕食懇親会。五十川和洋衆議院8区予定候補者と同室で遅くまで泡盛を酌み交わしてから就寝。


野田首相にレッドカードを突きつけよう!

 大会当日(9日)、宜野湾市海浜公園の会場へと向かう。そこは人、人、人の波、あっという間に超満員、公園の外側森の中まで人、人、人・・・。レッドカードを突きつけるシンボルカラーは「」、赤のTシャツやタスキ、「オスプレイNO!」のプラカード、横断幕、それぞれの団体のノボリ旗などが会場を埋め尽くす。高々と揺れ動く西淀川労連の旗を見てきた住之江区で働いていたというAさんと握手を交わす。彼は定年退職でふるさとの沖縄で年金生活とのこと。

暑さに負けず、熱い思いで集まった!
 
 午前11時、カンカン照りの青い空の下、おじいちゃん・おばあちゃん・労働者・青年・親子連れなど汗びっしょりの「10万1千人」、熱気あふれる参加者のなか開会宣言がされた。超党派でまさに「島ぐるみ」の共同代表挨拶などがつづく、仲井真県知事の敵前逃亡にも負けず、沖縄国際大学3年生の加治工綾美さんが未来へのメッセージと題して発言、「この青い空は、アメリカのものでもなく、日本政府のものでもなく、私たち沖縄県民のものです。このきれいな空に軍用機を飛ばすことを私たちは許しません。・・・(中略)・・・基地もない素晴らしい沖縄の未来を切り開くために、私は若者の一人として、その実現の日まで頑張ることを決意します」と力強い決意表明に会場一杯大きな拍手につつまれました。最後に決議案を採択しガンバロウ三唱で県民大会を終了しました。 

一番右側で叫んでいるのが伊東英雄さん

 終了後、あまりの人の多さにバスまで40分もかかる。中村重一北谷町議員のガイドで米軍基地調査へと出発。嘉数高台からの普天間基地やキャンプ瑞慶覧など視察、思いやり予算で建てた「基地外住宅」を周り、最後に嘉手納「道の駅」屋上から嘉手納基地を視察する。

 私は初めて見る米軍基地の広大な広さにおどろきと途中で遭う迷彩服の米軍を見るたびに、ここは日本ではなく戦争をしている外国ではないかと錯覚するほどでした。ホテルへ戻りみんなで夜の街へ、泡盛とゴーヤチャンプルなどで沖縄の味覚を満喫。

大阪民医連の仲間たち

 10日()、実際に訓練している軍用機を見るため嘉手納基地へ、すると2機戦隊が耳をつんざくような轟音で真上を通過し基地周辺を旋回して着陸。20分間で8機が着陸、まさに戦場そのもの。

 つぎに辺野古の座り込み現場へと車を走らせる。地元の人と交流・激励。基地境界のフェンスには「基地反対」「オスプレイNO!」の横幕、垂れ幕、赤いリボンなどがぎっしり埋め尽くされている。持ってきた垂れ幕を怒りを込めてぶら下げる。

 どうしても行きたかった本島北部の「やんばる」にある東村高江と車は進む。昼過ぎ座り込みをしているヘリパッド建設予定ゲート前に到着。4キロ先の別のゲートから機材搬入しようとしているとの情報で移動、ゲート前で円陣での「デモ行進」、「シュプレヒコール」そして「座り込み」。午後3時まで地元の人と行動し、後ろ髪を引かれながらホテルへ帰る。この日も泡盛を求めて夜の街へ。
欠陥機オスプレイはいらない!

 沖縄最後の日、タクシーで南風原にある陸軍病院跡地(沖縄戦の時、人の力で掘った豪)見学に出発。運転手さんは大阪の人で10年前に配偶者のふるさと沖縄に来たとのこと、彼も一緒に豪の中を見学、案内人のおばさんが淡々と語る沖縄の悲惨な歴史に触れ目頭が熱くなる。豪入口の横には憲法9条の碑がありましたが復帰40年たった今でもアメリカの占領下にあり沖縄の人々が犠牲になっていることに憤りを感じながら空港まで送ってもらいました。

 4日間も沖縄の地にとどまり、初めて南から北まで見学をさせていただきました。沖縄の歴史を机上ではある程度知っているつもりでしたが沖縄の現実を自分の目で見て愕然とし勉強不足であることを痛感したところです。
沖縄の現実を知る

 私は今回の経験を力に、オスプレイ配備を許さない、高江のヘリパッド、辺野古への新基地も作らせない、普天間基地は即時撤去させる。そして米軍基地そのものが憲法9条に違反する立場で、すべてのおおもとである日米安保条約をなくし「憲法が花開く日本」をめざす運動に、全力を上げていきます。

 私は1950年沖永良部島(奄美諸島)で生まれ、高校卒業まで18年間与論島の南に沖縄を見て過ごしました。懐かしさと思い出がこみあげてきた旅行でした。今回の連帯ツアーに西淀川労連や多くのみなさんから募金をいただき、参加することができました。この場を借りて御礼を申し上げます。ありがとうございました。

西淀川子育てネット総会

 9月9日、西淀川子育てネットの総会が開催され、23人が参加しました。
1993年に子育てネットが結成されてから、今年で20回目の記念すべき総会となりました。

 西淀川の保育所と学童で育ち、学生時代は全学連委員長として全国の運動をリードした佃在住の青年弁護士・遠地靖志さんが『西淀川と私~西淀川に育って~』と題して講演。 
 学童時代の思い出や、学生時代の自治会、平和サークル、薬害エイズ訴訟支援活動との出会いを通じて、自分が地域や仲間の中でどう育ってきたかを話していただきました。

総会の様子

 遠地さんの学童時代の指導員は、小学校時代のエピソードを紹介する中で、「夢は追い続けた者が達成できる。それを見守り、寄り添ってくれる人が身近にいるかどうかが大切。地域でそんな『支える人』づくりをしていこう」と発言されました。

 総会では、新年度活動計画と新役員を確認。各団体の発言を受けて、来年の20周年に向けてネットの輪を大きく広げていくことを確認しました。

2012年9月13日木曜日

秋の労働学校西淀川教室 プレ企画☆

 9月10日に行われた秋の労働学校西淀川教室プレ企画。
 地域・職場から23人が参加し、久しぶりの中田先生のお話に惹きこまれました☆いまの社会、労働者が大半です。働く人が社会を変えていくのです。そのためにも、『労働学校』に参加して、ものの見方・考え方を学び、そして社会を変えていく力にしていきましょう!
 プレ企画は『どうなっとんねん!?この日本』をテーマに、情勢をお話していただきました。消費税増税は大企業減税の穴埋めに…。歳入庁をつくって税と保険料をぼったくる…。オスプレイ配備反対沖縄県民集会になぜ仲井真知事は不参加…!?の真実を知り、さらに大阪・橋下市長の異常な市民生活切捨ての実態を学びました。
 「いまの日本、あかんことばっかりやん…」と思ってしまいそうになりますが、国民の反撃は始まっています。学童補助金削減に38万の署名が全国から集まり、さらに思想問題での裁判が始まり、橋下市長を追いつめています。全国では「再稼働反対」の世論はどんどん広がっています。
 中田先生の話を聞けば聞くほど、「無知は怖い。本当のことを知らな!」と実感します。激動の情勢、みんなで学びつつたたかい、たたかいつつ学んでいきましょう!!
 プレ企画当日に申し込みがなんと5人!!募集はこれからが正念場!!職場や地域で仲間と一緒に学ぶ場として、『労働学校』にみんなで参加しましょう☆
みんな真剣な顔で聴いています

【参加者の感想】

     どんどん恐ろしい世の中になっていく一方、いろんな運動も今までにないぐらいの規模で行われているので、あきらめず運動していくことと、学ぶことが大事だと思いました。

     テレビ・新聞等の媒体を見て、あまり理解しきれていないです。中田先生のお話で理解できそうです。それと、何も知らないことは本当に怖いことだと思いました。労働学校に行って、橋下市長のしていることを理解して、いろんな人に伝えていきたいです。

     講演を聞くたびに、学習不足だなぁと感じるぐらい、新しいことと再学習をする機会になっています。「だまされない」ためには「よく知る」ことが大切だと思います。人間性も高めることができて、本当に学習するって大切だと思いました。日頃からやっている書名や宣伝が政治をかえていくことに確信をもって、いろんな人に真実を伝えていけるようにがんばります。

     真実を見抜く力は、多面的、重層的にものごとを見ることはもちろんですが、なによりも自分の生き方としてどう捉えるか、どう考え、何を選び取るのかが大切だと思います。そういう意味でも、労働学校はとてもおもしろくためになると感じています。本番も楽しみにしています。

     久しぶりの講義、中田節を聞きました。職場の仲間にも宣伝します。元気の出る真実を伝え拡げよう!気持ち新たにしました。

2012年8月10日金曜日

原水爆禁止2012年世界大会


被爆67年を迎えるヒロシマ・ナガサキ。
原水爆禁止2012年世界大会ー広島へ、西淀川からPEACEバスツアーが出発しました。

貞子像の前で集合写真。総勢46人!

8月4日の開会総会には全国、そして世界中から6800人が集まりました!

被爆者である坪井さん(87才)は言います。
「夜明けは近いと思っている。生きている間にこの目で見たい。
核兵器のない世界を信じている」

ヒロシマのきのこ雲
人類史上初めて核兵器が使用されたのがここヒロシマです。
大量破壊と殺戮、太陽の数千倍の熱線…
一瞬にして火炎、放射線地獄…
今なお続く苦しみ…
いかなる理由があっても核兵器の使用は正当化されないものです。

いま、世界中で集められている、核兵器のない世界を願うアピール署名は212万5200筆に達しました。

核戦争の危険性は、核兵器があり続ける限り、人類はその不安から逃れることはできません。

核兵器はなくすしかないのです。
焼け野原となったヒロシマ…
大阪府豊中市の新婦人から発言!

みんないい顔で参加しています
オスプレイ配備反対!の運動と連帯して

平和行進を歩いてきた人たち

5日はそれぞれ分科会に参加。

碑めぐりでは、広島県出身の23歳の医学生が案内してくれました。
被爆地・広島で生まれ育ち、6日発のナガサキまでの反核平和マラソンにも出場とのこと。

同年代の子の「核兵器なくそう」の強い思いに触れ、大阪メンバーも元気と勇気をもらいました☆

みんな真剣にメモを取っています
西淀川の保育士さんたち。子どもたちのメッセージと一緒に

6日の朝は平和記念公園で行われる記念式典に参加。
セミが鳴き、炎天下のヒロシマ。
67年前のあの日のヒロシマもこんな暑さだったんでしょう。

8時15分黙祷。

67年前のあの日に思いをはせ、いまこのとき、もしも自分の頭上に原子爆弾が落とされたら…と想像します。

式典では野田首相もあいさつ。
「黒い雨降雨地域」の拡大は拒否し続け、
原発継続を意味する「脱原発依存の基本方針」に固執。
しかし、「核兵器廃絶」を口にするのであれば行動が問われます。


今回、世界大会参加代表団に託されたたくさんの折り鶴。
それを手に、式典に参加しました。

後ろに見えるのが平和祈念資料館
西淀川のみんなの思い

ヒロシマに届けました☆

PEACEメッセージTシャツ
献花
地球儀に千羽鶴

閉会総会の参加者は7200人!

若者が舞台に登壇!
体育館は満員!
核兵器禁止条約を求める声は世界で圧倒的多数の声となっています。
世界人口の81%の国が、交渉開始を支持しているのです。
日本政府が棄権している姿は、被爆国の国民として恥ずかしく思います。

福島県浪江町の馬場町長は言います。
「原発は原子爆弾そのもの。日本は今こそ方向転換すべきです。
行動すれば世界は変わることを実践するため、
これからの厳しい道のりを歩んでいきたい」

そして福島の高校生は
「ふるさとに帰りたい。何度このコトバを口にしたか…。
同じ放射能という目に見えないものに苦しめられています。
お互いに助け合い、前に進んでいきたい。
私たちの未来に核兵器や原発はいらない!」

ノーモア・ヒロシマ!ノーモア・ナガサキ!ノーモア・フクシマ!

世界中のすべての核兵器を1日でも早くなくすため、世界大会で学んだこと、感じたことを伝え、行動していきます。

原爆ドーム前にて




最低賃金時給1000円以上に!


7月31日、猛暑のなか大阪労働局前で“最低賃金時給1000円以上に!”
を掲げて、座り込み行動を行いました。

座り込みの時間は1000(円)-786(円。大阪の現在の最賃額)=214(分)


出勤者へビラ配布

暑い日差しの中の座り込み

時給1000円以上に引き上げよ!
 郵便局の時給額は、大阪府の最賃+20円。
最賃が引きあがれば、それだけ労働者の賃金も上がります。
手づくり帽子

最賃くん

労働局に向かってシュプレヒコール!
8月6日、大阪地方最低賃金審議会は
「時間額を800円に引き上げること(14円の引き上げ)が適当である」
との答申を行いました。

1ヶ月まともに働いたらまともに生活できる賃金には程遠い引き上げ額です。
引き続き、最低でも時間給1000円以上!実現めざし、たたかいをすすめていきます。

2012年7月5日木曜日

国民平和大行進!

 1945年8月6日ヒロシマに、9日ナガサキに原子爆弾が落とされてから67年目の夏を迎えます。一瞬のうちに2つの街は破壊され、21万人のいのちが奪われました。被爆者の願いは、世界のどこにも、ふたたび被爆者をつくらないことです。被爆者は「命あるうちに核兵器の廃絶を」と訴えています。

さぁ、出発!

 国民平和大行進は、北は北海道、南は九州・沖縄から、8月の広島・長崎にむけてノーモア・ヒロシマ! ノーモア・ナガサキ! ノーモア・フクシマ! 核兵器なくそう!のメッセージを伝えて歩いています。毎年7月4日は、国民平和大行進西淀川~東淀川コースの日です。

核兵器をなくそう!
軍事費は福祉・教育にまわせー!

 前日の大雨がウソのような晴天の中、西淀病院駐輪場には180人が集まり出発集会を開催しました。西淀川原水協の北山副会長の主催者あいさつのあと、各団体、そして労働組合から一言あいさつが行われ、「核兵器のない世界を実現するため、みんなで行動していきたい」「2010年のNPT再検討会議では、私たちの草の根の運動が世界を動かせると実感しました。核兵器なくそう、原発ゼロに向けてがんばりましょう」などなど、熱い思いが語られました。

通し行進者たち

 淀川区役所までは総勢140人が歩き、道行く人たちが手を振ってくれ、また例年以上にマンションやビルからの声援が多くあり、「大飯原発再稼動反対」の国民の願いから「核兵器」への関心が高まっていることを実感するものとなりました。
最終地点の東淀川区役所までの通し行進者は総勢17人!炎天下の中でしたが、元気いっぱい歩き通しました。

2012年7月3日火曜日

市民のつどいに46人!

 橋下市長の暴走市政が推し進められようとしているなか、西淀川地域で働く大阪市労働組合総連合(市労組連)主催で『橋下市政でどうなる?市民といっしょに市政を考えるつどい』が7月2日、のざと診療所3Fで開催され、官・民、そして地域から46人が参加しました。


橋下市長のウソとペテンを見抜こう!

 大阪市労組連の中山書記長が「大阪都構想と橋下市長の主張のウソと真実」をテーマに、橋下市長の目線の先には大企業・財界しかなく、マスコミを上手に利用して自分の言いたいことを一方的に伝え、市民サービスがどんどん削られようとしていることを「よくやってるやん」と思い込まされている、橋下市長のウソとペテンを見抜くための冷静さが必要だとお話してくれました。

 学習の後は発言で交流を深め合いました。
市障教からは「障がいを持っている子どもたちが地域で生きていける社会にしていきたい」
市労組保育からは「子どもたちの未来、私たちの働く場、そして民主主義を守るためにも市民と一緒にがんばらないとあかん」、
学童からは「ピンチをチャンスに変えよう!と、37万筆の署名が集まった。自分の普段の活動や横のつながりの大切さを実感した」、
年金者組合からは「(赤バスを)福祉バスとしての値打ちを発揮させよう」と、労働組合からの発言が相次ぎ、
そしてさらに地域の町会長からも「住んでいてよかったと思えるまちづくりをすすめよう」との発言があり、いまこそ官・民の労働組合と地域が一体となってたたかっていこう!との大きな連帯の輪が強まる集会となりました。

 また、フロアからの「民医連の運動は住民要求をもっとも重視して進めてきた。そういう点では、自治体労働者も同様であり、住民要求をどう実現していくのか、積極的に地域へ出かけて住民の声を聞いてほしい。共にがんばりましょう」との激励の声に大きな拍手が寄せられました。

 参加者からは「本当に手をとりあって、協力し、共にがんばらないといけないと思った」「橋下市長の目的が今の職場状況と直結して考えることができ、本当に連帯してたたかっていくことが必要だと思いました。住民の生命を守り、住みやすい地域社会を築いていくために声をあげていかなくては」「かつてない連帯が生まれており、励まされました」などの感想が寄せられました。